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東京高等裁判所 平成9年(行ケ)35号 判決 1998年9月08日

東京都町田市成瀬2746-3

原告

蒋田栄孝

訴訟代理人弁理士

池浦敏明

深谷光敏

茂原正春

東京都千代田区霞が関三丁目4番3号

被告

特許庁長官

伊佐山建志

指定代理人

鈴木恵理子

石橋和美

田中弘満

廣田米男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  原告が求める裁判

「特許庁が平成8年審判第6731号事件について平成8年12月10日にした審決を取り消す。」との判決

第2  原告の主張

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和61年6月25日に発明の名称を「魚介類生肉の包装方法」とする発明(後に「魚介類生肉の包装体」と補正。以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和61年特許願第149913号)をしたが、平成8年4月10日に拒絶査定を受けたので、同年5月2日に拒絶査定不服の審判を請求し、平成8年審判第6731号事件として審理された結果、平成8年12月10日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決を受け、平成9年1月29日にその謄本の送達を受けた。

2  本願発明の特許請求の範囲

魚介類生肉をあらかじめ脱水処理して表面水を除去した後、耐熱性プラスチックフィルムを用いて真空包装したことを特徴とする加熱調理用魚介類生肉の包装体

3  審決の理由

別紙審決書写しのとおり(審決認定の相違点(1)、(2)を以下「相違点1、相違点2」という。)

4  審決の取消事由

引用例に審決認定の技術的事項が記載されていることは認める。しかしながら、審決は、相違点の判断を誤った結果、本願発明の進歩性を否定したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)相違点1の判断の誤り

審決は、相違点1の判断において、引用例記載の発明においても水分は生肉の表面から除去されていくと考えられるので、魚介類生肉の表面水は除去されているということができる旨説示している。

しかしながら、本願発明が対象とする魚介類生肉の包装体は、冷凍状態で貯蔵流通するものであるから、脱水処理は表面水(すなわち、表面の付着水及び生肉中の遊離水)を除去するだけでよく、したがって、うまみ成分や香り成分を含む生肉中の結合水が失われることはない。これに対して、引用例記載の発明は、生鮮いかを常温で貯蔵流通するための包装方法に関するものであるため、いかの脱水率は「約20数パーセント」(3欄18行、19行)と高くされているが、このように高い脱水率では、表面水だけでなく結合水も相当量除去され、生肉のうまみ成分や香り成分が失われてしまう。

以上のように、本願発明の要件である脱水処理は、引用例記載の発明において行われている脱水処理と技術的意義を異にするから、相違点1は実質的に相違点でないとする審決の判断は誤りである。

この点について、被告は、本願発明の特許請求の範囲には表面水のみを除去する(すなわち、結合水は除去しない)ことは記載されていない旨主張する。

しかしながら、魚介類の生肉は、約39~53%の分離しやすい遊離水と、約14~31%の分離しにくい結合水を含むのであるから、「脱水処理して表面水を除去」するという本願発明の要件が、表面の付着水とともに遊離水の一部のみを除去する意味であり、一部にせよ結合水を除去する意味ではないと解すべきことは当然であって(本願明細書にも、「遊離水を1~10%、好ましくは2~5%除去」(2頁6行、7行)した魚介類生肉を冷凍状態で貯蔵流通することの種々の利点が記載されている。)、被告の上記主張は失当である。

(2)相違点2の判断の誤り

審決は、2件の特許出願公開公報(判決注・審決は公開公報とすべきところを公告公報と誤記している。)を挙げて、耐熱性プラスチックフィルムを用いて真空包装した魚介類生肉の包装体を加熱処理することは本出願前に周知であるとしたうえで、引用例記載の方法によって得られるいか包装品を加熱処理用とすることは当業者が容易に想到しえた旨判断している。

しかしながら、審決が挙げている2件の公開公報は、本願発明が対象とする魚介類生肉の包装体とは全く無縁のものであって、上記の技術的事項が本出願前に周知であったとする証拠はない。のみならず、前項記載のように、本願発明が対象とする魚介類生肉の包装体と引用例記載の方法によって得られるいか包装品は性状が異なるから、審決の上記判断は誤りである。

(3)作用効果の看過

審決は、本願発明が格別優れた効果を奏するとは認められない旨説示している。

しかしながら、本願発明によれば、魚介類生肉をうまみ成分や香り成分を失うことなく長期間にわたり冷凍状態で貯蔵流通できるうえ、包装体のまま加熱調理することができるが、このような作用効果は引用例記載の発明では得られないものである。

第3  被告の主張

原告の主張1ないし3は認めるが、4(審決の取消事由)は争う。審決の認定判断は、正当であって、これを取り消すべき理由はない。

1  相違点1の判断について

原告は、本願発明が対象とする魚介類生肉の包装体は、冷凍状態で貯蔵流通するものであるから、脱水処理は表面水を除去するだけでよく、うまみ成分や香り成分を含む生肉中の結合水が失われることはないのに対し、引用例記載の発明は、生鮮いかを常温で貯蔵流通するため高い脱水率を採用しているので、相当量の結合水が除去されて生肉のうまみ成分や香り成分が失われるから、本願発明の要件である脱水処理は、引用例記載の発明において行われている脱水処理と技術的意義を異にする旨主張する。

しかしながら、本願発明が対象とする魚介類生肉の包装体が専ら冷凍状態で貯蔵流通するためのものであることは本願発明の特許請求の範囲に記載されていないうえ、本願明細書には「本発明による包装生肉は必ずしも冷凍流通させる必要はなく、冷蔵流通させることも可能である。」(3頁7行、8行)と記載されている。一方、引用例記載の方法によって得られるいかの包装体が冷蔵状態で貯蔵流通できないとする理由もない。したがって、得られるものの貯蔵流通状態の違いを論拠として、本願発明の要件である脱水処理は引用例記載の発明において行われている脱水処理と技術的意義を異にする旨の原告の主張は失当である。

更にいえば、本願発明の特許請求の範囲には「脱水処理して表面水を除去」すると記載されているのであって、表面水のみを除去する(すなわち、結合水は除去しない)構成に限定されていないから、原告の上記主張は発明の構成に基づかないものである。

2  相違点2の判断について

原告は、審決が挙げている2件の公開公報は、本願発明とは全く無縁のものであって、耐熱性プラスチックフィルムを用いて真空包装した魚介類生肉の包装体を加熱処理することは本出願前に周知であったとする証拠はない旨主張する。

しかしながら、上記2件の公開公報、すなわち、昭和60年特許出願公開第207564号公報及び昭和58年特許出願公開第98058号公報の記載に照らせば、上記の技術が本出願前に周知であったことは明らかであるから、相違点2に係る審決の判断に誤りはない。

3  本願発明によって得られる作用効果について

原告は、本願発明によれば魚介類生肉をうまみ成分や香り成分を失うことなく長期間にわたり冷凍状態で貯蔵流通できる旨主張する。

原告の上記主張は、魚介類生肉の包装体を冷凍状態で貯蔵流通すること及び脱水処理によって魚介類生肉の表面水のみを除去することを前提とするものであるが、これらが発明の構成に基づかないことは前記のとおりであるから、原告の上記主張は誤りである。なお、魚介類生肉を包装体のまま加熱調理できる点は、引用例記載の発明によって得られる生鮮いかの包装品についてもいえることにすぎない。

理由

第1  原告の主張1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の特許請求の範囲)及び3(審決の理由)は、被告も認めるところである。

第2  甲第3号証(手続補正書添付の訂正明細書)によれば、本願発明の概要は次のとおりである。

(1)技術的課題(目的)

魚介類生肉をそのまま流通すると流通期間が限られるので、魚介類生肉をボイル処理したうえ冷凍状態で流通することが行われているが、ボイル処理によって生肉に含まれるうま味成分(エキス)が溶出する欠点がある。なお、魚介類生肉をそのまま冷凍すると、表面の付着水や生肉中の遊離水(自由水)が凍って細胞破壊が生ずるので、解凍によって魚介類生肉特有の風味が失われるという問題点がある(1頁13行ないし19行)。

本願発明の目的は、従来技術の上記の問題点を解決することである(1頁21行、22行)。

(2)構成

上記の目的を達成するため、本願発明はその特許請求の範囲記載の構成を採用したものである(1頁5行ないし7行)。

(3)作用効果

本願発明によれば、魚介類生肉は脱水処理されているので冷凍しても身割れを生ずることがなく、鮮度及び美感を保持したまま長期間冷凍保存することが可能になる。また、包装体のまま加熱調理できるので、魚介類生肉のうま味が湯などに溶出することがなく、うま味及び香りのある料理を得ることができる(2頁19行ないし3頁3行)。

第3  そこで、原告主張の審決取消事由の当否について検討する。

1  相違点1の判断について

原告は、本願発明の要件である脱水処理は、引用例記載の発明において行われている脱水処理と技術的意義を異にする旨主張する。

原告の上記主張は、本願発明が対象とする魚介類生肉の包装体は冷凍状態で貯蔵流通するものであること(そのため、脱水処理は表面水を除去するだけでよいので、うまみ成分や香り成分を含む生肉中の結合水が失われることはない。)、一方、引用例記載の発明は生鮮いかを常温で貯蔵流通するための包装方法であること(そのため、高い脱水率を採用せざるをえないので、相当量の結合水が除去され、生肉のうまみ成分や香り成分が失われてしまう。)を論拠とするものである。

しかしながら、本願発明の特許請求の範囲には、本願発明が対象とする魚介類生肉の包装体が専ら冷凍状態で貯蔵流通するものであることは記載されていないうえ、前掲甲第3号証によれば、本願明細書には「本発明による包装生肉は必ずしも冷凍流通させる必要はなく、冷蔵流通させることも可能である。」(3頁7行、8行)と記載されていることが認められるから、原告の上記主張は本願発明の構成に基づかないものである。

なお、甲第4号証によれば、引用例には同記載の発明によって得られるいかの包装品を冷凍ないし冷蔵状態で貯蔵流通することは記載されていないが、同時に、引用例記載の発明の特許請求の範囲には、その発明によって得られるいかの包装品が専ら常温で貯蔵流通することも記載されていないことが明らかである。そして、乙第1号証によれば、横山理雄ほか編「食品と包装」(医歯薬出版株式会社昭和57年1月20日発行)の「真空包装食品の低温流通と低温貯蔵」の項には「生鮮魚肉や蛋白質系の加工食品は、真空包装ののち、低温で流通、販売されるのが普通である。」(215頁6行、7行)と記載され、チルドあるいはパーシャルフリージングの技術とその効果が述べられていることが認められるから、このような技術的事項は本出願前に周知であったことが明らかである。したがって、引用例記載の発明によって得られるいかの包装品を低温(すなわち、冷凍ないし冷蔵状態)で貯蔵流通すれば、より長期間貯蔵流通できることは、当業者であれば当然に考え付く事項にすぎない。そして、前掲甲第4号証によれば、引用例記載の発明は、生いかを「充分水切りを行ない、これをセロファンに包被したものを(中略)焼成珪藻土の中に埋め一昼夜乃至二昼夜放置」(5欄7行ないし6欄1行)するのであるが、この方法によって得られるいかの包装品を冷蔵ないし冷凍状態で貯蔵流通しようとするとき、いかをどの程度まで脱水すべきかは、当業者ならば適宜に決定できる範囲内の事項と考えるのが相当である。そうすると、本願発明の要件である脱水処理は表面水を除去するだけであって生肉中の結合水を除去するものではないという原告の主張は採用できるとしても、引用例記載の発明によれば相当量の結合水が除去され生肉のうまみ成分や香り成分が失われるという原告の主張は、引用例記載の技術内容を独自に限定したうえでされているものといわざるをえず、採用することができない。

以上のとおりであるから、相違点1は実質的に相違点ではないとした審決の判断に誤りはない。

2  相違点2の判断について

原告は、審決が挙げている2件の公開公報は本願発明とは無縁のものであって、耐熱性プラスチックフィルムを用いて真空包装した魚介類生肉の包装体を加熱処理することは本出願前に周知であったとはいえない旨主張する。

検討すると、乙第3号証によれば、昭和60年特許出願公開第207564号公報記載の発明は「煮魚の半調理品及びその製造方法」に関するものであって、その特許請求の範囲には「魚体を(中略)包装し、冷凍された真空パックとされていることを特徴とする煮魚の半調理品」(1頁左下欄6行ないし8行)と記載され、発明の詳細な説明には「この発明は暖めるだけで食用に供しうる煮魚の半調理品を得る」(1頁右下欄11行、12行)と記載されていることが認められる。また、乙第4号証によれば、昭和58年特許出願公開第98058号公報記載の発明は「即席煮魚の素」に関するものであって、その特許請求の範囲には「生鮮魚が(中略)耐熱性袋体に真空脱気して密封されており、前記袋体の熱湯加熱によって、直ちに食用できるようにしたことを特徴とする即席煮魚の素」(1頁左下欄5行ないし9行)と記載され、発明の詳細な説明には「単に熱湯に浸漬し所要時間加熱するのみで、簡易かつ迅速に美味な煮魚を得ることができる」(1頁右下欄11行ないし13行)と記載されていることが認められる(なお、審決が摘示した周知技術を裏付けるために、訴訟手続において新たな証拠を提出することは、当然許されることである。)。

そうすると、耐熱性プラスチックフィルムを用いて真空包装した魚介類生肉を加熱調理することは、本出願前に周知であったことが明らかである。そして、上記2件の公開公報記載の発明が、いずれも魚介類生肉とともに「煮汁」(乙第3号証の1頁左下欄6行)あるいは「少量の調味液」(乙第4号証の1頁左下欄6行)を包装していることは、上記認定を何ら左右するものではないから、「引用例記載の魚介類生肉の真空包装体を加熱調理用とする程度のことは当業者が容易に想到し得るものである」とした審決の判断に誤りはない。

3  本願発明によって得られる作用効果について

原告は、本願発明によって得られる作用効果として、長期間にわたり冷凍状態で貯蔵流通できる旨主張する。

しかしながら、魚介類生肉の包装体を冷凍状態で貯蔵流通する点が本願発明の構成に基づかない主張であることは前記のとおりである。また、魚介類生肉の表面水のみを除去して魚介類生肉をうまみ成分や香り成分を失わないようにすること及び魚介類生肉を包装体のまま加熱調理できることは、引用例記載の発明によって得られる生鮮いかの包装品においても同様と考えられることも前記のとおりであるから、本願発明によって得られる作用効果に格別顕著なものは認められない。

4  以上のとおりであるから、本願発明の進歩性を否定した審決の認定判断は、正当であって、審決には原告主張のような誤りはない。

第4  よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は、失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結日 平成10年8月25日)

(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 春日民雄 裁判官 宍戸充)

理由

1.手続きの経緯、本願発明の要旨

本願は昭和61年6月25日の出願であって、本願発明の要旨は本願明細書の記載から見てその特許請求の範囲に記載されるとおりの

「魚介類生肉をあらかじめ脱水処理して表面水を除去した後、耐熱性プラスチックフィルムを用いて真空包装したことを特徴とする加熱調理用魚介類生肉の包装体。」

にあるものと認める。

2.引用例の記載

これに対し、原審の拒絶理由に引用され、本出願前日本国内において頒布されたことが明らかな特公昭50-9855号公報(以下引用例と言う)には、

(1)前処理した生いかをセロファンに包被したものを約10~30%の食塩を混合した焼成珪藻土の中に埋め一昼夜乃至二昼夜放置して後これを取り出し、上記包被セロファンを取り除き合成樹脂フィルム等によって真空包装することを特徴とする生鮮いか包装品の製造方法(1頁2欄3行~12行参照)及び(2)前記合成樹脂フィルムとしてポリプロピレンフィルムを使用できること(2頁3欄22~23行参照)が記載されている。

3.当審の判断

本願発明と引用例に記載された発明(以下、引用例発明と言う)とを比較すると、

後者の「生いか」、「ポリプロピレンフィルム」は、前者の「魚介類生肉」、「耐熱性プラスチックフィルム」に相当するので、両者は「魚介類生肉をあらかじめ脱水処理した後、耐熱性プラスチックフィルムを用いて真空包装したことを特徴とする魚介類生肉の包装体」である点で一致するが、後者には、(1)脱水処理により表面水を除去する点、及び(2)魚介類生肉の真空包装体が加熱調理用である点、

についての記載がない。

そこでこれらの点について検討すると、

(1)引用例には前記のように脱水処理により表面水が除去されることについての記載はないものの、「生いかの水分は珪藻土によって適当に吸着され脱水される。」(2頁3欄第9~10行参照)、「上記(脱水)処理により20数%が脱水されたものと考えられる。」(2頁3欄第18~19行参照)と記載され、水分は生肉表面から除去されていくと考えられるので、引用例発明においても魚介類生肉の表面水は除去されていると言うことができこの点に相違はない。

(2)また、魚介類生肉を少量の調味液と共に耐熱性プラスチックフィルムを用いて真空包装した魚介類生肉の包装体を加熱調理することは本出願前周知である(必要なら、特公昭60-207564号公報、特公昭58-98058号公報を参照されたい)ことを考慮すると、引用例記載の魚介類生肉の真空包装体を加熱調理用とする程度のことは当業者が容易に想到し得るものである。

そして、本願明細書の記載を検討しても、本願発明が格別優れた効果を奏するものとは認められない。

4.むすび

以上のとおり、本願発明は引用例に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるので、許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

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